うじざねクンとのぶしげクン

戦国武将人気No.1は誰か?


いろいろと異論も有りましょうが、
真田さんところの次男坊が候補に上がることは
間違いありません。


一方不人気No.1は、
今川さんとこの跡取り息子は
絶対!上位に来ますよね。

戦国武将の中で最も人気があるのは、誰?

歴史ブームは落ち着いたのでしょうか?
別にブームであろうとなかろうと戦国モノは楽しい。
これはもう間違いない。
そして、戦国武将の中で最も人気があるのは誰でしょう。

意見の分かれるところですね。

織田信長・豊臣秀吉・徳川家康 三人の天下人はまず名前があがります。
しかし通ぶるためにはこの三人を挙げていたらちょっと寂しい。

そんな時、上杉謙信と武田信玄 このあたりは定番ですね。
竹中半兵衛などは、クールでかっこいい。

でも、人気という意味で忘れていけないのは、伊達政宗です。
カッコイイことこの上なし。しかもオシャレだし。
戦国一の伊達男。
当たり前です。なにしろ「伊達者」はこの人から来ていますから。

そして、伊達政宗と人気を二分するのが、真田幸村です。
こちらは悲劇のヒーローという感じです。
滅びゆく豊臣家に殉じた。しかし徳川を追い詰めた。

本当に、このふたりどちらの人気があるんだろう?
人気のヒーローはほかにもたくさんいます。
数えていたらキリがないくらい。
一番は所詮決められません。
そういうわけで、
このサイトでは一番人気の武将(のうちのひとり)は真田幸村とします。

とりあえず全て個人的感想です。

不人気武将ナンバーワンは誰?

さて、それでは最も人気のない戦国武将とは誰でしょう?
これも意見の分かれるところです。

ただ、人気のない理由はいくつかのパターンに分けられると思います。

※梟雄と思われている人々(好き嫌いが激しい)
北条早雲、斉藤道三、松永久秀、毛利元就、宇喜多直家

※裏切り者と思われている人々
明智光秀、陶晴賢、石川数正、小早川秀秋

※負けたので無能と思われている人々
大内義隆、朝倉義景、今川義元、石田三成

※二代目(または跡取り)の悲劇
武田勝頼、豊臣秀次、斉藤竜興、北条氏直、今川氏真

※なんかいろいろお騒がせ
大友宗麟、足利義昭、吉川広家

時代と共に人気者になっていく人もいます。
石田三成なんて本当に嫌われていた時期があります。
それでも石田三成は今や人気者の部類に入ります。
明智光秀や梟雄たちも結構支持者は多いですよね。
実力は認められている、とか、同情に値するとかいう人もいます。
明智光秀や武田勝頼などはそうですね。

それはともかく、この中でも一番人気がないのは誰でしょう。
小早川秀秋や斉藤竜興は、有力です。若くして亡くなりました。

実力も認められず、しかしなぜか天寿を全うして、武将としては、評価されていない。
今川氏真ですね。




のぶしげクンのモノローグ



真田信繁です。


なんか、後世では違う名前になってるみたいだけど「さなだのぶしげ」が、正しい!

まあとりあえず愉快にすごせりゃいいんじゃない?
九度山だって、それなりに楽しかったし、
いえやすビビらせりゃ、十分でしょ。


うじざねクンのモノローグ

ご挨拶を申し上げます

ひとりごとで、
ご挨拶というのもおかしな話ではありますが、
とりあえずご挨拶を申し上げます。

うじざねクンこと
今川氏真です。

武門では何かとおよばないところはありますが
教養と蹴鞠ではそれなりと自負しております。

戦国武将について、相棒と二人で
語り合っていく所存です。

さて、その相棒ですが・・・


実在しない英雄 実は真田信繁

戦国一カッコイイ男は真田幸村と言う意見が多いでしょう。
もちろん幕末の坂本龍馬ほどには集中はしませんが、
かなりの割合で真田幸村でしょう。

しかし、残念なことに真田幸村と言う人物は存在しませんでした。
真田昌幸の二男である真田信繁のことを
後年、真田幸村と呼ぶようになりました。

歴史の大立者が実はいなかったというのは
聖徳太子に次ぐ、大事件かもしれません。

ある意味真田信繁にとってはとってもかわいそうなことですね。
真田十勇士のトップは実在の人物を脚色しているのでは
部下である十勇士たちと同じです。

真田信繁が真田家でどれぐらいの地位であったかは疑問です。
しかし、真田昌幸の戦略的構想の一環であったことは確かです。

面白い父ちゃん真田昌幸

真田昌幸という人は面白い武将です。
世渡りが上手いのだか下手なのだか分かりません。
信念を貫くのかそうでないのかよく分かりません。

徳川に対しては、なぜか負け知らずなのに、
どうも領地が大きくならない。
かといって、滅びるということもない。

真田の領地と言えば、
武田今川上杉徳川織田斉藤などのビッグネームが
周りにたくさんいる地域。

そこを見事に生き延びるのが真田昌幸です。

その父、真田幸隆は武田二十四将に数えられる武将でした。
昌幸の代で武田が滅びたために独立した形です。

ただ、天下人の時代になりつつあったため、
いろいろとあった末に、徳川家康と戦います。
しかも小牧長久手のあとです。

徳川家康は、戦では秀吉に勝ちましたが、政治で和議を結びました。
この和議も、決して負けたわけではありませんでした。
この時点で家康は秀吉と互角以上の力があったのです。

その家康と対立するのですから、昌幸も相当なのです。
しかも、家康に勝ちました。

いくさ人としての昌幸の実力は天下一なのでしょう。
それを受け継ぐのは、真田信繁のようでした。


長男の信之君は?

真田信繁は二男です。
長男が真田家の嫡流です。
その名は、真田信幸!

真田が凄まじいところは、信幸が徳川方に付くところです。

真田昌幸は、徳川家康の天敵です。
二男の真田信繁も徳川と敵対します。

なのに真田信幸は、徳川家臣団ナンバーワンの
武辺者、本田忠勝の娘 小松と結婚します。

豊臣、徳川どちらが生き残っても真田家を
滅ぼさない昌幸の戦略です。

ちなみに真田信幸、真田信繁の「信」は
信玄からもらっていると言われます。
(正確には武田晴信の「信」)

信幸の幸は真田家の名前ですよね。
幸隆−昌幸−信幸

ですから、家として大事なのは「幸」の方です。
しかし信幸は家康をはばかって
「幸」を同じ読みの「之」にしました。

なにしろ家康は天敵真田昌幸を、
思い出すのも嫌でしょうから。

このようにして真田信之は誕生し、思惑通り
徳川の天下でも真田家は存続します。
信之自身は93歳まで生きたそうです。


のぶしげクンの表舞台

真田信繁が歴史の表舞台に現れるのは、
多く見積もって3回です。

1585年の第一次上田合戦 徳川家康戦
この時の主役は父昌幸ですが、のぶしげクンも大いに活躍しています。
1600年の第二次上田合戦 徳川秀忠戦
この時も昌幸が真田郡のトップでしたが、のぶしげクンも支城をあずかり
兄の信之と直接対決をしています。
1614年〜1615年の大坂の陣
のぶしげクンこと真田信繁の名を天下にとどろかせたと同時に
終焉を迎えた戦いですね。
この時に真田丸をこしらえています。

大坂の陣は冬と夏がありますが、それでも一連の豊臣家の滅亡戦です。
のぶしげクンの最も活躍した時でしょう。

ただ、のぶしげクンの大きな戦はあまりにも少ないため
その間のいろいろな脚色は必要だったのですね。
十勇士を作ったのは面白いアイディアでした。

しかし、どのような歴史イフを考えたところで
歴史が変わるわけではありません。

真田信繁は1615年に亡くなっています。
49歳でした。


今川氏真と真田信繁の共通点

今川氏真は1614年に亡くなっています。
享年77
とっても長生きをしました。

亡くなった日は12月28日で、今の暦で言うと
翌年の1月27日になります。

つまり二人の共通点は、今の暦であれば
亡くなったのが同じ年ということです。

もう一つ共通点があります。
それは、徳川家康との関係です。

基本的にはあまり恐れていなかったはずです。

今川氏真からすれば、自分の家で育った子です。
かわいがってあげていたでしょう。

真田信繁からすれば、いくさ上手だか何だか知らないけど
負ける気がしない相手です。

最後の戦いは家康に負けたのではなく
大坂城の組織に負けたと思っているでしょう。

もちろん相手は戦国最強です。
なにしろ、天下人ですから。
その天下人を恐れていないのが二人の共通点でしょう。


真田丸編

揺籃編、黎明編に続いてどうしようかと考えていたら
なんとのぶしげクンが主役です。
びっくりしましたよね。


そういうわけで、真田丸編は、こちらです

外部リンクです

城門
城門(トップページ)
特別の巻 真田丸編
真田信繁は第一次上田合戦に参加したのかしないのか?大河ドラマ「真田丸」第十三回「決戦」の感想
大河ドラマ「真田丸」第十二回「人質」の感想です
大河ドラマ「真田丸」第十一回「祝言」の感想です
大河ドラマ「真田丸」第十回「妙手」の感想です
第九回 駆引
第八回 調略
第七回 奪回
第六回 迷走
第五回 窮地
第四回 挑戦
第三回 策略
第二回 決断
第一回 船出
のぶしげクンが主役に抜擢?
はなれをつくっちゃいました
うじざねクン、大河を語る
大河ドラマ 時代の傾向
うじざねクンも出演したい?
真田丸主演の堺雅人さん
真田丸脚本の三谷幸喜さん
巻の壱 揺籃編
二人のプロフィール
うじざねクン と のぶしげクン
管理人から、ご挨拶
違う名前で有名です
うじざねクンの生生流転
のぶしげクンの親父と兄ちゃん
うじざねクンのお父上
のぶしげクンの家来 その1
のぶしげクン最期の戦い
揺籃編
巻の弐 黎明編
黎明編
お供の10人
徳川家には強いです
松平元信の思い出の地
家康君の安住の地とは?

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