海道一の弓取りの巻

うじざねクン 戦国最強の武将は誰だと思う?

のぶしげクン 真田幸村!

うじざねクン 即答だね。でもなんで、本名で言わないの。

のぶしげクン だって、その方がかっこいいから。

うじざねクン 確かに。でも、それは置いといて、当時海道一の弓取りと言われた人がいる。

のぶしげクン 当時って、いつなの?

うじざねクン ええと、1550年代後期、かな。つまり、私の父上のことだけど。

のぶしげクン でもさ、貴族かぶれの金持ちのボンボンっていう印象強いよね。

うじざねクン あぁ、それは私のことで、父上はそんなことはなかった。苦労人です。何しろ、当主の息子として生まれたのはいいものの、五男ですから。とうてい、跡取りにはなれない。幼少の頃から仏門に入り、栴岳承芳(せんがくしょうほう)と呼ばれていたんだ。家督は当然兄の氏輝おじさんが継いだよね。でも、このおじさんが急死し、その次のおじさんも急死し、異母兄と家督争いをしたんだよ。私が生まれる2年前だから詳細はわからないけど。

のぶしげクン なんか、よくあるタイプの名門の家督争いみたいだな。

うじざねクン その通り。名門ですから。将軍家も親戚筋だもんね。とにかく父上は家督争いに勝ち抜き、今川家を継ぎました。その後勢力を拡大し、文化的にも、政治的にもいい領主だっただんだよ。そして戦国大名として、勢力も拡大した。当時確実に、ナンバーワン大名だったんだ。

のぶしげクン なんか、今回は力入ってんね。でもさ、桶狭間で負けちゃったからさ、イメージ的に良くないよね。すごい武将なのに。

うじざねクン それもこれも、あのうつけのせいだ。

※当主:今川氏親(1471−1526)
 異母兄:玄広 恵探(1517−1536)


のぶしげクンの一の家来といえば